塾講師を辞めた時の話

おはようございます!

年始に正月に関係ない予定をぶっ込む眼鏡Pです。
#こんなことしてて大丈夫か!?

土日は「かいせつ」をお休みいただきまして、思ったことや考えたこと、これまでのことやこれからのことなどなど色々と書いていこうと思います!

色々と思い出していく中で、どうしても忘れられないことがやっぱりあるなぁと思っているのが、塾講師を辞める時のことです。

入社してから5年後の6月。コロナ真っ只中、僕は東京の塾関係の会社を退職しました。その時のことを今でも忘れられません。

それは生徒や保護者さんには本当の理由を言えないまま、辞めてしまったことです。色々な事情が絡んで(からんで)いますが、正直に言えなかったことを今でもとても後悔しています。

なんで勇気を持って正直に話さなかったんだろう?もっといいお別れの仕方があったのでは?もっと やれることがあったのでは?と今でも思います。

その店舗には100人以上の生徒さんが通ってくれており、その1人1人に手紙を書きましたが、それでも受験を控えた子たちや僕を頼ってくれている生徒たちを最後まで責任をもって見ることが出来ませんでした。任せてくれる保護者の方々にも申し訳ない気持ちでいっぱいでした。

会社を辞めてから1年くらいはその後悔で生徒たちの夢をよく見て、楽しい夢だけでなく、正直に告白すると生徒が泣いている夢などで上手く眠ることが出来ませんでした。

それだけではありません。辞めた本当の理由はお世話になった会社の方々にも言えないままお別れしました。コロナ禍もあり、自粛期間中(じしゅくきかんちゅう)で直接伝えれなかったのですが、同期、先輩、後輩に色々な約束もあり、それも果たせることなく今に至ります。

僕が辞めた理由は色々とありますが、ようやく整理して考えるとまず、私生活の変化として結婚したことです。それよりも大きな要因は今だから言えますが、「一生、この人たちと働くのはちょっとしんどいものがあな」と思うことが時々あったからだと思います。すごく良くしてくれる方々ももちろんいらっしゃいまきたが、そこはやはり会社なので色々な方々が色々な考えのもと働かれています。

だんだん心が離れていくのを感じました。コロナが来てなおさらそれを感じるようになり、僕自身、限界を感じるようになりました。今思えば大したことはなかったと思いますが、20代後半になり色々と思うことがあったんだろうと思います。

僕自身、どんなに努力してスキルや技術を身につけてもどうしても心が追いつかなくなるといい仕事も出来なくなると思っています。

このままではダメだ!と思い、環境をガラリと変えてみようと当時は横浜に住んでいましたが、群馬県にある奥さんの実家に一緒に住まわせていただきました。

今ではこの決断をしてよかったと思います。

でも、あの時、あの瞬間にあんな別れ方をしなかったら…と思うことはよくあります。

あの日、あの時に通ってくれていた生徒たちや任せてくれる保護者の方々には、謝れるなら謝りたいと思います。

こんなことを2度と繰り返さないためにも、僕自身が生徒1人1人に、保護者の方々1人1人に向き合わないといけないと思いました。

事情に振り回されないように、強く生きてます。

頑張ります!


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