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生徒が人差し指スマホらしい眼鏡Pです。
#くせ、つよい(笑)
では、2025年群馬県公立高校入試問題の過去問の社会を「かいせつ」していきます。

社会
4⃣
2026年度 群馬県公立高校入試 社会
大問4【歴史:古代〜近世の日本と世界】
問題・解答・解説を、問1〜問5まで順番にまとめました。授業で使いやすいように、正解の理由だけでなく、間違えやすいポイントも解説します。
問1 鎌倉時代の政治
【問題】
スライドⅠの空欄[ⅰ]に当てはまる人物を書きなさい。
資料(鎌倉時代)
フビライの要求を、当時の執権であった[ⅰ]が拒否したため、元軍が2度にわたり九州北部に襲来した。
【解答】
北条時宗
【解説】
北条時宗は、鎌倉幕府の第8代執権です。
当時、中国を支配していた元の皇帝フビライは、日本に服属を要求しました。
しかし、北条時宗がその要求を拒否したため、元軍が日本に攻めてきました。
この出来事を**元寇(げんこう)**といいます。
| 年号 | 出来事 |
|---|---|
| 1274年 | 文永の役 |
| 1281年 | 弘安の役 |
重要ポイント
元寇のあと、幕府は御家人に十分な恩賞を与えられず、御家人の不満が高まりました。これが鎌倉幕府の衰退につながります。
問2 古墳時代の東アジアと日本
【問題】
下線部(a)に関して、日本の古墳時代に当たる5世紀の東アジア情勢を示したものを図Aと図Bから選び、同時期の日本における代表的な出土品を資料Ⅰと資料Ⅱから選ぶとき、その組み合わせとして適切なものを、次のア〜エから選びなさい。
| 選択肢 | 東アジア情勢 | 出土品 |
|---|---|---|
| ア | 図A | 資料Ⅰ |
| イ | 図A | 資料Ⅱ |
| ウ | 図B | 資料Ⅰ |
| エ | 図B | 資料Ⅱ |
図A:高句麗・百済・新羅・南朝・北朝
図B:唐・新羅・渤海
資料Ⅰ:土偶
資料Ⅱ:埴輪
【解答】
イ
【解説】
この問題は、5世紀の東アジアの状況と、古墳時代の出土品を判断する問題です。
① 東アジア情勢
5世紀の朝鮮半島には、次の3つの国が存在していました。
- 高句麗
- 百済
- 新羅
これらが描かれているのは図Aです。
一方、図Bには唐や渤海が描かれています。唐は618年に成立し、渤海は698年に成立したため、5世紀の地図ではありません。
② 出土品
資料Ⅰの土偶は、主に縄文時代につくられたものです。
資料Ⅱの埴輪は、古墳時代につくられ、古墳の周囲などに並べられました。
したがって、図Aと資料Ⅱの組み合わせになります。
重要ポイント
| 時代 | 代表的な出土品 |
|---|---|
| 縄文時代 | 土偶・縄文土器 |
| 弥生時代 | 弥生土器・銅鐸 |
| 古墳時代 | 埴輪・鉄製の武器 |
問3 奈良時代の政治・文化
【問題】
下線部(b)に関して、奈良時代の日本における政治や文化について説明した文として適切なものを、次のア〜エから1つ選びなさい。
ア 儒学の中でも、主従関係や上下関係を大切にする朱子学が重視され、広く学ばれた。
イ 争乱によって焼け落ちた東大寺南大門が、中国の新しい建築様式によって再建された。
ウ 西アジアやインドの品が中国を経由して日本へ伝わり、その一部は正倉院に収められた。
エ 家柄にとらわれず有能な人を役人にするため、中国にならい冠位十二階の制度が設けられた。
【解答】
ウ
【解説】
奈良時代には、中国の唐との交流が盛んに行われました。
日本は遣唐使を派遣し、中国の政治制度や文化を取り入れました。
また、シルクロードを通じて西アジアやインドから中国へ伝わった品物も、日本へもたらされました。
これらの品物の一部が、東大寺の正倉院に保存されています。
この時代の文化を天平文化といいます。
【他の選択肢が間違っている理由】
| 選択肢 | 理由 |
|---|---|
| ア | 朱子学が日本で広く重視されたのは主に江戸時代。 |
| イ | 東大寺南大門の再建は鎌倉時代。 |
| エ | 冠位十二階は603年、飛鳥時代の聖徳太子の時期。 |
重要ポイント
奈良時代=天平文化=東大寺・正倉院・聖武天皇
この3つを関連づけて覚えることが大切です。
以上になります。
※かいせつの際に少しでも分かりやすくするため、チャットGTPやWikipediaなど、さまざまなサイトやITのお力を利用し、参考にさせていただいています!
本日もご覧くださり、ありがとうございました!
2025年群馬県公立高校入試問題の過去問の社会でした。次回からはこの続きを「かいせつ」していきます。
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