こんばんわ!
赤ワインの牛すじ煮込みを作る眼鏡Pです。
#オサレ(笑)
では、2024年愛媛県公立高校入試問題の過去問の国語を「かいせつ」していきます。

国語
1⃣
超簡要約
筆者は、龍安寺石庭を例にして、日本人の「ながめる」という意識について説明している。「見る」は対象を分析して理解しようとすることだが、「ながめる」は対象全体をぼんやりと受け入れながら、同時に別のことも考えている状態である。日本庭園は一つの意味に解釈できるようには作られておらず、見る人が自由に受け止められる空間になっている。特に龍安寺石庭は、どこから見ても十五個の石を全部見ることができない構造になっており、人は細部を分析するよりも全体を「ながめる」しかない。このような空間構成が、日本人特有の「ながめる」意識を生み出しているのである。
この文章の読み方のコツ
「見る」と「ながめる」
| 見る | ながめる |
|---|---|
| 集中する | ぼんやり見る |
| 分析する | 全体を受け止める |
| 意味を決める | 意味を固定しない |
| 対象をはっきり捉える | 漫然と捉える |
西洋庭園と日本庭園
| 西洋庭園 | 日本庭園 |
|---|---|
| 見る庭 | ながめる庭 |
| 全体が見える | 全体が見えにくい |
| 視点が決まる | 視点が一つに決まらない |
| 整然としている | 余白や不完全さがある |
問1 重箱読み
答え:イ
重箱読みは、一字目が音読み(ジュウ)、二字目が(はこ)訓読みの熟語。
本棚は、
- 本=ホン → 音読み
- 棚=たな → 訓読み
なので、本棚=重箱読み。
ちなみに逆に、一字目が訓読み二字目が音読みだと、湯桶読みになる。
問2 Aに入る接続語
答え:ウ
ここは文章の流れが大事。
前では、龍安寺石庭について、
- 石の配置にはいろいろな解釈がある
- でも、どれか一つに正解を決められるものではない
と言っている。
その後に、
大切なのは、正しい意味を決めることではない。
たくさんの解釈を生み出すほどの深さに注目することだ。
という内容になる。
つまり、「一つの正解を探すのではなく、むしろ別の見方をすべきだ」という流れ。
だから むしろ が入る。
他の選択肢が合わない理由
- ところが
→ 逆接だが、後ろの内容が単純な反対ではない。 - ならば
→ 条件・結論の感じが強すぎる。 - または
→ どちらかを選ぶ意味なので不自然。
問3 「しばしば」の品詞
答え:(1)エ・(2)ア
「しばしば」は、意味としてはたびたび・よくという意味。
本文では、しばしば「ながめ」「長雨」と掛詞にされるという形で使われている。「しばしば」は、後ろの「される」を説明している。
つまり、どのくらいされるのか?→ しばしばされるとなる。
動詞や形容詞をくわしく説明する言葉は、副詞。だから答えは 副詞。
問4
a:庭全体を漫然と捉えると同時に、ほかのことに考えをめぐらす
解説
本文では、「ながめる」とは「見る」とは違うと説明されている。
「見る」は、行為。
- 一つの対象に集中する
- 分析する
- 理解しようとする
「ながめる」は、状態。
- 庭全体をぼんやり見る
- その一方で別のことを考えている
だから筆者は「二つの意識が同時に存在する」と説明している。これが「ながめる」の本質。
b:最初:ぼんや 最後:ている
ぼんやりした状態とクリアな状態とを同時に保持している
解説
これは上田氏の考える「ながめる」の定義そのもの。
普通は
- ボーッとしている
- 集中している
は両立しない。
しかし「ながめる」では、ぼんやりしながらも何かを感じ取り、何かを考えている。
だから本文では「不思議な二重の状態」と表現している。
以上になります。
※かいせつの際に少しでも分かりやすくするため、チャットGTPやWikipediaなど、さまざまなサイトやITのお力を利用し、参考にさせていただいています!
本日もご覧くださり、ありがとうございました!
2024年愛媛県公立高校入試問題の国語でした。次回からはこの続きを「かいせつ」していきます。
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