おはようございます!
息子はアンパンマンではなく、ドクターイエローが好きらしい眼鏡Pです。
#でももっと好きなのは、作業車(笑)
では、2025年群馬県公立高校入試問題の過去問の社会を「かいせつ」していきます。

社会
4⃣
大問4【歴史:古代〜近世の日本と世界】
問題・解答・解説を、問1〜問5まで順番にまとめました。授業で使いやすいように、正解の理由だけでなく、間違えやすいポイントも解説します。
問4 鉄砲の伝来と日本社会
【問題】
下線部(c)に関して、誠さんはスライドⅡを作成した。スライドⅡ中の[ⅱ]に当てはまる語と、[ⅲ]に当てはまる文の組み合わせとして適切なものを、次のア〜エから選びなさい。
スライドⅡ
【課題】鉄砲の伝来は、日本の社会にどのような影響を与えたのだろうか。
- 鉄砲による攻撃や防備のために、城の造りが変化した。
- [ⅱ]では、大量の鉄砲を有効に使う戦い方が採用された。
- 鉄砲が、[ⅲ]。
【まとめ】
鉄砲の伝来は、戦い方を変え、鉄砲をそろえた大名を有利にし、全国統一の動きを加速させることになった。さらに、火薬や鉄などの需要を高め、経済・産業の発展を促した。
【選択肢】
ア
ⅱ:長篠の戦い
ⅲ:農民にも広く普及し、山城の国一揆で、主な軍事力となった
イ
ⅱ:長篠の戦い
ⅲ:堺(大阪府)や国友(滋賀県)など、国内で大量に生産された
ウ
ⅱ:桶狭間の戦い
ⅲ:農民にも広く普及し、山城の国一揆で、主な軍事力となった
エ
ⅱ:桶狭間の戦い
ⅲ:堺(大阪府)や国友(滋賀県)など、国内で大量に生産された
【解答】
イ
【解説】
① [ⅱ]長篠の戦い
1575年、織田信長・徳川家康の連合軍と武田勝頼の軍が戦いました。
この戦いを長篠の戦いといいます。
織田・徳川連合軍は、大量の鉄砲を有効に使用して武田軍を破りました。
そのため、鉄砲を使った戦いとして有名です。
② [ⅲ]国内で大量生産された
1543年、ポルトガル人によって種子島に鉄砲が伝えられました。
その後、日本でも鉄砲の生産が始まりました。
特に有名な生産地が次の2か所です。
- 堺(大阪府)
- 国友(滋賀県)
鉄砲の普及によって、戦国大名の戦い方や城の造りが変化しました。
【他の選択肢が間違っている理由】
ア:長篠の戦いは正しいが、山城の国一揆は1485年であり、鉄砲伝来より前の出来事。
ウ:桶狭間の戦いは1560年。大量の鉄砲を有効に使った戦いとして知られるのは長篠の戦い。また、山城の国一揆も鉄砲伝来より前。
エ:国内での大量生産は正しいが、[ⅱ]が桶狭間の戦いなので誤り。
重要ポイント
| 年号 | 出来事 |
|---|---|
| 1543年 | 鉄砲伝来 |
| 1560年 | 桶狭間の戦い |
| 1575年 | 長篠の戦い |
| 1582年 | 本能寺の変 |
問5 琉球王国と中継貿易
【問題】
下線部(d)に関して、誠さんは資料Ⅲを用いて次のように発表した。
文中の[ⅳ]に当てはまる文を、資料Ⅲから読み取れることを踏まえ、「品物」という語を用いて、簡潔に書きなさい。
資料Ⅲ:中国・琉球王国・薩摩藩における品物の流れ
中国 → 琉球王国:生糸・絹織物・薬など
琉球王国 → 薩摩藩:生糸・絹織物・薬・黒砂糖など
薩摩藩 → 琉球王国:海産物など
琉球王国 → 中国:海産物など
発表文
15世紀に成立した琉球王国は、中国に朝貢を行い、17世紀初頭の薩摩藩による支配後もその継続が認められました。薩摩藩は、朝貢貿易を継続させることで、琉球王国を通して[ⅳ]、その一部を日本国内で販売するなどして利益を得ようとしました。
【解答】
中国の品物を手に入れ
【解説】
この問題は、資料Ⅲの矢印を正しく読み取ることが重要です。
資料を見ると、中国から琉球王国へ生糸・絹織物・薬などが運ばれています。
さらに、それらの品物が琉球王国から薩摩藩へ運ばれています。
つまり、薩摩藩は琉球王国を通じて中国の品物を手に入れていたことが分かります。
このように、他の地域から品物を仕入れ、別の地域へ運んで販売する貿易を中継貿易といいます。
重要ポイント
琉球王国は、中国や日本、東南アジアなどを結ぶ中継貿易によって栄えました。
1609年には薩摩藩の侵攻を受け、支配されるようになりましたが、中国との朝貢貿易は継続されました。
以上になります。
※かいせつの際に少しでも分かりやすくするため、チャットGTPやWikipediaなど、さまざまなサイトやITのお力を利用し、参考にさせていただいています!
本日もご覧くださり、ありがとうございました!
2025年群馬県公立高校入試問題の過去問の社会でした。次回からはこの続きを「かいせつ」していきます。
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